ウェンシーが出発した後も、母は名残惜しそうに遠くまで見送り、その手をとると涙ながらに彼を見つめた。この眉の濃い息子は成年に達したものの、ここまで無数の苦労を経験した。その顔にはまだあどけなさが残り、母に対する思いと天性の美しい気質以外は、彼はまだ単純で世間を知らないように見えた。
二人は対面して語らず、沢山言いたいことがあるように見えたが、黙して何も語らなかった。しばらくして、母がその静寂を破った。
「ウェンシー、くれぐれも親子のこの惨状を忘れてはいけませんよ!必ずや呪文を学んで仇を討つのです。あなたはこの可哀そうな老いた母を覚えておいて、必ずや復讐するのですよ」。母はここまで言うと名残惜しそうに涙を流したが、その瞳には怨恨の決意が宿っていた。そして、最後に息子の心に刻みつけるように言った。
「ウェンシー、もしあなたが呪文も学ばず仇も討たず、家に帰ってきたならば、私はあなたの目の前で自殺しますからね」
ウェンシーは慌てて言った。「お母さん、復讐が成功するまで家には帰りません。安心してください」
ウェンシーはここまで言い終えると母に別れを告げ、仲間の元へ駆け寄った。しかし、彼は後ろ髪を引かれるようで、何度も振り返り涙を流した。彼が名残惜しそうに振り返っていたのは、なぜかもう母には生涯会えないような気がしたからであった。
母はそこに立ち過ごし、ウェンシーの姿が見えなくなると泣く泣く家路についた。
数日たつと、村人たちは母が息子に呪術を学びにいかせたのだと議論になった。「パイツォンヤンのばあさんは、仇を討つつもりだ」と村では噂が持ちきりであった。
ウェンシー一行は、ウェイツァンに向かって出発してから、ポドン地方に有名なラマがいると聞いた。彼は、他に害を及ぼす呪法を心得ているという。ウェンシーは思った。「お母さんは間違っていない。僕たちの勢力は手薄で、仇を討つ相手は大勢だ。仇を討つためには呪法をしっかりと学ばなければ…」。このように思って、彼は他の青年と相談したうえで、皆でポドン地方に行ってこのラマについて呪法を学ぼうということになった。
ポドンにつくと、彼らはヤントンタジャというこのラマを礼拝し、一人一人が供養を献上した。ウェンシーもまた身に着けていたあらゆるものを供養し、その面前に膝まずいて言った。
「先生、私はもってきたすべての金銀をあなたに供養しました。わたしの身口意もまたあなたに捧げます。先生、私の親戚と隣近所は、わたしの家に大変な損害と苦痛を与えました。ですから、どうか彼らを懲らしめる呪法をさずけてください」
ラマは、膝まずいているウェンシーを見て思った。「この朴訥で愚かな若者は、身口意を私に捧げるといっているが、その性情は至極単純なもので、私はいまだ見たことがない。もうこれ以降見ることができないのではないか?この子は純朴な愚か者のように見えるが、その天来の気質は衆生を抜きんでている」。彼はウェンシーを特別扱いすることを禁じえず、微笑むと言った。「君の言っていることに間違いがないか、ゆっくりと見ることにしよう」
(続く)
(翻訳編集・武蔵)